49歳、肩書きで生きたくない|会社と役職を失ったとき何が残るか

会社員キャリアと転機

49歳。同期たちは、部長や執行役員になっている。
自分はまだ現場で手を動かしている。
——これは、「負け」なんだろうか。
そんなことを考える夜が、最近増えました。
同じように揺れている、40代・50代の誰かに届けばと思い、書きます。


「部長になった同期」を見るときの、複雑な感情

先日、久しぶりに昔の同期と話す機会がありました。
彼は今、大きな組織の部長です。
会社の看板を背負って、名刺には立派な役職が並んでいる。

少し話して、分かったことがあります。
彼は、偉ぶっているわけじゃない
むしろ真面目で、部下思いで、会社のために頑張っている。

でも、会話の中で、何度も出てきた言葉がありました。

「最近、自分で手を動かすことがほとんどなくなった」
「部下に任せるのが仕事だから」
「何かスキルを、って言われても、もう思いつかない」

帰り道、ふと思いました。

彼は、肩書きを手に入れた代わりに、何かを失っているんじゃないか。

そしてそれは、彼が悪いんじゃない
ただ、会社員として真面目に働き続けた、その結果なんです。


肩書きは、考えずに走り続けた人が辿り着く場所

誤解のないように、最初に書いておきます。

私は、出世した同期たちを馬鹿にしたいわけじゃない。
彼らは優秀で、努力家で、会社に大きく貢献してきた人たちです。

でも、一つだけ気づいたことがあります。

給料を上げたい。もっと評価されたい。もっと上に行きたい——
この方向で、ただひたすら走り続けると、いつか辿り着く場所がある。

それは、「自分が何をできる人間なのか、分からなくなる場所」です。

部下に指示は出せる。会議を仕切れる。予算を動かせる。
でも、会社の肩書きがなくなったら、自分には何が残るのか
この問いに、即答できる人は、意外と少ない。

これは、誰かを責めたい話じゃない。
考えずにがむしゃらに働き続けると、誰にでも起こりうるという話です。
27歳のころ、夜中の2時まで働いていた私自身、その道を進んでいました。


私だって、揺れている

正直に書きます。

「肩書きで生きたくない」と言いながら、
私も揺れています。

  • 昔の同期が部長になったと聞くと、なんとなくザワつく
  • 年下の優秀な社員と働いていて、焦りを感じる瞬間がある
  • 49歳でこんなに腰を低くして学び続けていていいのか、と思うことがある
  • 「じゃあ、お前は何ができるんだ?」と問われたとき、胸を張って即答できるか、自信がない

だから、この記事は「正解を見つけた大人」が書いているんじゃない
むしろ、まだ迷っている49歳が、自分の頭を整理するために書いています。

ただ、一つだけ確信していることがあります。

会社と肩書きがなくなったとき、自分には何が残るのか。
この問いから目をそらし続けると、人生の後半で必ず困る。


私がなりたいのは、どういう49歳か

じゃあ、お前はどうなりたいんだ——と問われたら、こう答えます。

偉い人になりたいわけじゃない。
お金持ちになりたいわけでもない(もちろん、お金は大切です)。

なりたいのは、こういう人です。

  • 「あの人がいるだけで、周りが明るくなる」と言われる人
  • 「あの人の問いで、人生が変わるきっかけになった」と言われる人
  • 「困ったとき、あの人はいつも助けてくれた」と言われる人

肩書きがなくても、会社の名前がなくても、
「この人」として、ちゃんと覚えてもらえる存在でありたい。

これは、役職では手に入らない。
昇進では辿り着けない。
自分自身を磨き続けた人にしか、到達できない場所です。


「手を動かせなくなる」ことへの、静かな恐怖

私がずっと手を動かし続けていたいのは、
「無能になるのが、怖い」からです。

組織で役職が上がると、人に任せることが仕事になる。
それ自体は、組織運営としては正しい。

でも、長年それを続けると、こうなるリスクがある。

  • 自分で資料を作れなくなる
  • 新しいツールを触る機会がなくなる
  • 現場の肌感覚を失う
  • 部下の報告がないと、何が起きているか分からなくなる
  • 気がつくと、判断材料は「人から聞いた話」だけになる

これは、本当の意味で「できる人」なんだろうか。

私は、49歳の今も、新しいツールを触り、本を読み、手を動かし続けています。
外資系コンサルに転職したのも、「自分は何ができますか?」と問われたとき、具体的に答えられる49歳でいたいからです。

「部長ができます」
「課長ができます」
——これは、答えになっていない。

「〇〇という問題を、△△という方法で解決できます」
こう答えられる49歳でありたい。


別の道を探している、という話

だから私は、会社員として働きながら、別の道も並行して歩いています。

  • 不動産事業:マンション1棟、アパート2棟、戸建て1戸のオーナーとして、住まいを提供する
  • 株・投資信託:自分の時間で稼いだお金を、社会の成長に託す
  • ブログ発信:自分の考えを言葉にして、誰かの役に立つ
  • コーチング・講師業(これから):人の人生を応援する仕事

正直に言えば、どれもまだ、会社員の給料と同じレベルには届いていません
だからまだ、会社を辞められない。
これが現実です。

でも、「会社の肩書きがなくなったら、何もない自分」になりたくない
だから、今から準備する。

40代、50代になって、「定年後、何をしよう」と考え始めるのは、正直、遅い。
私はそう感じています。


40代・50代の同世代へ

この記事を読んでいるあなたが、もし40代・50代で、
「このまま会社員として走り続けていいのか」と少しでも揺れているなら、
一度、自分にこう問いかけてみてください。

会社の名刺を失ったとき、自分には何が残るだろう。

即答できなくて、当たり前です。
考えてこなかったんだから。
私も、27歳までは、そうだった。

でも、その問いから逃げ続けると、いつか困る。
60歳、65歳、定年。
「はい、お疲れさまでした」と言われた翌日、自分が何者か分からなくなる

これは、脅しじゃない。
すでに私の周りで、起きていることです。

でも、逆に言えば——
今、この問いと向き合えば、まだ間に合います。

49歳の私だって、まだ迷いながらやっている。
50代、60代から始める人だって、たくさんいる。
遅すぎることなんて、本当はない


最後に|肩書きで生きたくない、のもう一つの理由

正直、もう一つの理由があります。

私には、17歳の娘と、14歳の息子がいます。

子どもたちに、こう見られる父親でいたい。

「パパは、会社の肩書きじゃなくて、自分自身で生きていた人だった」

これが、私の本当の目的地です。

出世競争に勝ちたいわけじゃない。
同期と比べて見劣りしたくないわけでもない。

子どもたちが「こういう大人になりたい」と思える背中を、見せたい。
そのために、49歳でもがいている。

あなたが同じように揺れているなら、
一緒に、もがきながら、進みましょう。

——あゆむ


あなたは、会社の名刺を失ったとき、何が残りますか?
同じ揺れを感じている方、コメントで話を聞かせてください。

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