借り物の言葉は、金メッキの入口|49歳、朝の壁打ちで生まれた自分の言葉

本から学ぶ

おはようございます、あゆむです。

今朝もいつものように3時半に起きて、本を読んでいました。ふと手に取ったのが、ジョン・ストレレッキの『やりたいことが見つかる世界の果てのカフェ』です。ページをめくると、あの漁師と経営者のパラブルに再会しました。

実はこの漁師の話、以前に別の本の中でも見かけたことがあります。著者もジャンルも違う本の中に、ほとんど同じ筋の話が書かれていた。そのときも「素敵だな」と感じたのを覚えています。つまりこのパラブルは、いろいろな人が、いろいろな文脈で繰り返し語ってきた、普遍的な話なんです。

今朝もやっぱり「素敵だな」と思いました。でも、そこからAIと壁打ちをしていたら、思わぬ場所に連れていかれたんです。自分が普段、他人に教えたいと思っていることと、自分が自分に適用していることが、全然違っていた ──。

今日はその朝の記録を、正直に書きます。整ってはいません。でも整っていないからこそ、同じような揺らぎの中にいる方に届くかもしれないと思って、残しておきます。


南の海辺の漁師と、通りすがりの経営者

物語はこうです。

南の海辺で、一人の漁師が昼寝をしています。そこを通りかかった経営者が、不思議に思って話しかけます。「なぜもっと魚を取らないんだ。働いて働いて、お金が貯まったら、自分のしたいことができるじゃないか」。漁師は静かに答えます。「どうしたってすでに、自分のしたいことをしているよ」。

書籍のメッセージは明確です。人は、人生に不必要なお金を稼ぎ、不必要なものを欲しがっている

冒頭でも触れましたが、この漁師の話は、ほかの本の中でも別の語り口で出会ったことがあります。何度読んでも「素敵だな」と感じる話です。今朝もそうでした。でもそのあと、朝のAI壁打ちでこの話を持ち出したときに、何かが動きました。

やりたいことが見つかる世界の果てのカフェ(ジョン・ストレレッキ)

やりたいことが見つかる世界の果てのカフェ(ジョン・ストレレッキ)


AIに指摘された、自分の口癖

壁打ちの中で、私は何度か「最終的に」という言葉を使っていました。

「最終的には、独立して人の成長をサポートする事業をやりたい」「スキルが付いたら、そちらに時間をあてたい」。そんなふうに話していたんです。

すると、AIからこう返ってきました。「その言葉、少し気になります」。

最初は、何のことか分かりませんでした。でも自分の発話を並べて見せられて、ハッとしたんです。私は「最終的に」を、一つの壁打ちの中で2回使っていました。無意識の口癖です。

ここで、頭が熱くなる感覚がありました。これは私にとって、自動操縦が介入点を迎えた合図です。即答できない問いが来ると、頭が熱くなる。この身体反応が出たら、止まって考えたほうがいい、というのが、ここ最近育ててきた筋肉のひとつです。

止まって考えました。そして、ある構造に気づきました。


書籍の経営者と、私の「最終的に」は同じ構造だった

並べてみると、見えてきたものがあります。

発話者 条件 したいこと
書籍の経営者 お金が貯まったら 自分のしたいことを
最終的に/スキルが付いたら やりたいことを

同じです。構造が同じ。

私はこの物語を読んで「素敵だな」と感じていました。漁師の側に共感していたつもりでした。でも自分の実際の意思決定には、経営者のロジックを使っていたんです。

これはきつい発見でした。好きな物語と、自分が実際に立っている場所が、別々だった。


それでも、借り物の言葉は入口になる

ここで少し、反論したくなります。

借り物の言葉が全部悪いわけではないはずです。武道には守破離という考え方があります。まず師の型を徹底的に真似する(守)、その型を破って工夫する(破)、最後に離れて自分の道を作る(離)。

借り物は、成長の入口です。誰だって最初は誰かの言葉で話し始めます。ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』に出会ったときの私も、最初は借り物の言葉で人生を描き始めました。でも20年書き続けるうちに、いくつかは自分のものになってきた、という実感があります。

壁打ちの中で、ひとつの表現が生まれました。

借り物の言葉は、金メッキの入口。
そこを通過点として使えば奥に進める。
そこを終点として使うと、メッキが剥がれてスローガンになる。

問題は借りること自体じゃなかった。借り物を終点にするか、入口にするか。ここに違いがあったんです。

動詞が違う、と言ってもいい。「掲げる」のか、「通過する」のか。


時制が「最終的に」から「今は」に降りた

壁打ちの終盤、自分の言葉遣いが少しずつ変わっていくのを感じました。未来形で話していたのが、現在形に降りてきたんです。

前半(未来形) 後半(現在形)
「最終的に」やりたいことにあてる 「今は」、AIを使って生活の質を上げる
「最終的には」事業を立てる 今の会社の働き方は「有難い」
「そして」独立する あなたとの「壁打ちもその1つ」

時制が降りてきた瞬間、自分の肩から力が抜けたのが分かりました。

「今は」と言える出来事が、実はもう手元にたくさんあったんです。今の会社は本当に学ばせてくれている。だから、そこに価値を提供していく。朝のジャーナリングで思考をクリアにしている。その積み重ねが、今日のこの気づきを連れてきている。

「最終的に」と言っているあいだは、今の手元が見えていませんでした。


他人に教えていることを、自分はやっていなかった

ここからが、今週いちばんきつい話です。

私が将来、人の成長をサポートする事業で伝えたいことが、いくつかあります。そのうち一つ目に来るのが、「人生は自分が考えた方向に進む」という話です。欲しいものを書き出し、行きたい場所を書き出す。書いたものは、時間差で現実化する。20年以上、私自身が実践してきた方法です。

これは、考えて進むロジックです。漁師寄り、と言ってもいいかもしれません。今を生きる人の哲学です。

けれども、独立という一番大きな意思決定について、私が自分に使っているロジックは違いました。

「生活費の何倍の収入が安定して得られたら」「半年から1年のクッションができたら」「子どもが巣立ったら」──これは、条件達成待ちロジックです。経営者寄りです。お金が貯まったら、と言っている、あの経営者そのものです。

他人に勧めるのは、考えて進むロジック。自分に使っているのは、条件達成待ちロジック。

一致していませんでした。

これに気づいたとき、静かな恥ずかしさがありました。怒りとも悲しみとも違う、もう少し奥の感覚です。正直に書きますが、ちょっと、逃げたくなりました。ここから目をそらして、「でも慎重なのは悪いことじゃないよね」みたいな意味づけで、さっさと幕を閉じたくなった。

でも、朝の違和感ジャーナルでは、その意味づけを急がないように訓練してきました。感情に早すぎる意味をつけずに、もう少しだけ留まる。そこで留まっていたら、別の問いが出てきました。

「教えと行動が一致していないまま、誰かに何かを伝える資格はあるのか?」

きつい問いです。でも、この問いが出てきたことを、私は今日、ちょっと嬉しく思っています。この問いが出てくるところまで来た、ということだから。


漁師と経営者は、同時に実装できる

ここで焦って、「今すぐ独立すべきだ」と結論を出したら、それもまた借り物の着地です。気をつけたい。

もう少し考えて、たどり着いたのは、漁師と経営者は二択ではないという答えでした。どちらかを選ぶのではなく、両方を同時に実装する。

漁師のロジック(今を生きる) 経営者のロジック(設計する)
今の会社の仕事に有難みを感じる 独立のトリガー条件を定量化する
AIで日々の生活の質を上げる サービスの作り方を小さく試す
朝の違和感ジャーナルで思考をクリアにする 3〜8年の独立時期を見据える

漁師のロジックだけだと、設計がない。経営者のロジックだけだと、今がない。両方必要だったんです。

今の私の言葉で書き直すと、こうなります。

今日やれる一歩を今日やりながら、3〜8年先の輪郭も描いておく。
どちらかを選ばない。両方を持つ。

これが、今週の壁打ちで私が降り立った場所です。まだ借り物かもしれません。1ヶ月後に、これが自分の中に残っていたら本物だ、と思っています。残らなかったら、それはそれで、また別の入口を探します。


今日からできる、小さな検査

最後に、今日の記事を読んでくださった方に、ひとつだけ渡したいものがあります。

朝に5分でいいので、ノートかスマホのメモに、こう書いてみてください。

今の私は、自分の幸せに向かっているだろうか。
そもそも、私にとっての幸せって、なんだろう。

これだけです。答えが出なくてもいい。むしろ、すぐに答えが出ないほうが普通だと思います。私も20年以上、この問いを抱えたまま歩いてきて、いまだに輪郭がはっきりしない日があります。

大事なのは、問いを自分の中に置いておくことです。置いておけば、朝の違和感や、本屋で手に取った一冊や、誰かの何気ない一言が、その問いに答えをくれる日が来ます。置いていなければ、同じ出来事に出会っても、ただ通り過ぎていってしまう。

私が「小さな検査」と呼んでいたものは、実は小さな一歩のことでした。こうしてブログに自分の思考をアウトプットすること、ノートに一行書くこと、誰かと一度だけ話してみること。どれも小さな一歩です。

自らが行動することで、そこに波紋が生まれます。その波紋は、自分にも返ってくるし、どこかの誰かにも伝わる。

今週、私はAIとの壁打ちで、自分の口癖に気づきました。それも小さな波紋でした。でもその波紋が、この記事を生み、いま、あなたに届いています。

自分の幸せを描き続けること。それを考え続けること。それこそが、人生の営みそのものなのかもしれません。

あなたの朝にも、小さな波紋が起きますように。

それでは、また明日。

── あゆむ

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